万葉集「梅花の歌三十二首」とその現代語訳一覧


新元号「令和」の由来となった、万葉集の「梅花の歌」。

「梅花の歌」は、当時太宰府長官だった大伴旅人の邸宅で開かれた梅を見る宴「梅花の宴」で、そこに集まった32人詠んだ32首の歌のこと。

この「梅花の歌」の序文から「令和」の2文字はとられています。

では、「梅花の歌」とはどんな歌なのでしょうか?

このページでは、梅花の歌全32首と、その日本語訳をまとめました。

参考万葉集入門万葉集総覧/佐佐木信綱. 万葉集(現代語訳付)

梅花の歌三十二首

815正月むつき立ち春のきたらばかくしこそ梅をきつつ楽しきを大弐だいにきのまえつきみ

現代語訳 正月になって春が来たならば、今後も毎年このように梅を折りかざして楽しいことの限りを尽くし ましょう。(紀卿(紀男人?))

816梅の花今咲けるごと散り過ぎずわがの園にありこせぬかも少弐せうに小野をのの大夫まへつきみ

現代語訳 梅の花が今咲いているように、いつまでも散ってしまわずにわが家の庭にも咲いてほしいよ。(小野老)

817梅の花咲きたる園の青柳あをやぎはかづらにすべく成りにけらずや少弐せうに粟田あはたの大夫まへつきみ

現代語訳 梅の花の咲いているこの庭には青柳もまた髪飾りにすることができるほどよくなっていることだ。(粟田人上)

818春さればまづ咲く庭の梅の花ひとり見つつや春日暮らさむ筑前守つくしのみちのくのかみ山上やまのうへの大夫まえつきみ

現代語訳 春になるとまず最初に咲く梅の花をわたしひとりで眺めつつ春の日を過ごすなどどうして出来ようか。(山上憶良)

819世の中は恋しげしゑやかくしあらば梅の花にも成らましものを大豊後守とよのみちのしりのかみ大伴おほともの大夫まえつきみ

現代語訳 世の中は恋に苦しむことが多いものだ。それならばいっそ梅の花にでもなってしまいたいものだ。(大伴大夫(大伴三依?))

820梅の花今盛りなり思ふどちかざしにしてな今盛りなり筑後守つくしのみちのしりのかみ葛井ふぢゐの大夫まへつきみ

現代語訳 梅の花は今が盛りである。親しき人々よかんざしにして飾ろう。今が盛りだ。(葛井大成)

821青柳あをやなぎ梅との花を折りかざし飲みての後は散りぬともよしかさの沙弥さみ

現代語訳 青柳と梅の花とを折ってかんざしにして酒を飲んだその後は、梅の花はもう散ってしまってもかまわない。(沙弥満誓)

822わがそのに梅の花散るひさかたのあめより雪の流れ来るかも主人あるじ

現代語訳 わが家の庭に梅の花が散る。天から雪が流れるように降ってくるのだろうか。(大伴旅人)

823梅の花散らくはいづくしかすがにこのの山に雪は降りつつ大監だいげん伴氏ばんじの百代ももよ

現代語訳 梅の花が散っているのは何処だろうか。しかし、まだ春は浅くてこの城の山には雪が降り続いている。(大伴百代)

824梅の花散らまく惜しみわが園の竹の林にうぐひす鳴くも少監せうげん阿氏あじの奥島おきしま

現代語訳 梅の花の散るのを惜しんでわが庭の竹の林にうぐいすが鳴いている。(阿倍奥島?)

825梅の花咲きたる園の青柳あをやぎをかづらにしつつ遊び暮らさなせうげん土氏とじの百村ももむら

現代語訳 梅の花が咲いている庭の青柳をかつらにして梅の花を眺めつつ、一日を遊び暮らしたいものだ。(土師百村?)

826うちなびく春の柳とわが宿の梅の花とをいかにか分かむ大典史氏だいてんしじの大原おほはら

現代語訳 麗しい春の柳と家の梅の花と、どちらが優れているかどのように判断しよう。(史氏大原)

827春されば木末こぬれがくれて鶯ぞ鳴きてぬなる梅が下枝しづえ少典せうてん山氏さんじの若麻呂わかまろ

現代語訳 春になったので梢の茂みに隠れて梅の香を慕って鶯が木伝い来て、梅の下枝で鳴いては飛び去っていくらしい。(山口若麿)

828人ごとに折りかざしつつ遊べどもいやめづらしき梅の花かも大判事だいはんじ丹氏たんじの麻呂まろ

現代語訳 皆それぞれに折りかざしつつ遊んでいるが、飽きることがなくてなお愛すべき梅の花よ。(丹氏麿)

829梅の花咲きて散りなば桜花さくらばな継ぎて咲くべくなりにてあらずや薬師くすりし張氏ちやうじの福子ふくし

現代語訳 梅の花が咲いてやがて散ってしまうと、すぐに桜の花が続いて咲きそうになっているではないか。(張氏福子(張福子?))

830万代よろづよに年は来経きふとも梅の花絶ゆることなく咲き渡るべし筑前介つくしのみちのくちのすけ佐氏さじの子首こびと

現代語訳 万年の年を経ても梅の花は絶えることなく咲き続けるだろう。(佐氏子首(佐伯氏?))

831春なればうべも咲きたる梅の花君を思ふと夜眠よいなくに壱岐守いきのかみ板氏はんじの安麻呂やすまろ

現代語訳 春になってなるほどよく咲いた梅の花よ。君がいつ咲くかと自分は夜も眠れなかったのに。(板氏安麻呂(板持安麻呂?))

832梅の花折りてかざせる諸人もとひと今日けふあいだは楽しくあるべし神司かみつかさ荒氏くわうじの稲布いなしき

現代語訳 梅の花を折りかざして遊ぶ人々は今日一日は楽しいことだろう。(荒氏稲布)

833年のはに春のきたらばかくしこそ梅をかざして楽しく飲まめ大令史だいりやうし野氏やしの宿奈すくな麻呂まろ

現代語訳 毎年、春が来たならばこうして梅をかざして楽しく酒を飲もう。(野氏宿奈麻呂(小野淑奈麻呂?))

834梅の花今盛りなり百鳥ももとりの声のこほしき春来たるらし少令史せうりやうし田氏でんしの肥人うまひと

現代語訳 梅の花は今が盛りだ。いろいろな鳥たちの声のなつかしい春がやって来たようだ。(田氏肥人)

835春さらば逢はむとひし梅の花今日の遊びにあひ見つるかも薬師くすし高氏かうじの義通よしみち

現代語訳 春になったならば、逢おうと思っていた梅の花に今日のこの宴の席で出会えたことだ。(高氏義通)

836梅の花手折たをりかざして遊べども飽足あきだらぬ日は今日にしありけり陰陽師おんみょうじ磯氏ぎじの法麻呂のりまろ

現代語訳 梅の花を手折りかざしていくら遊んでも飽きることない日とは今日のことであった。(礒法麻呂)

837春の野に鳴くや鶯なつけむとわがの園に梅が花咲く筭師さんし志氏しじの大道おほみち

現代語訳 春の野に鳴くよ鶯。その鶯を引き寄せようと我が家の庭に梅が花を咲かせている。

838梅の花散りまがひたる岡には鶯鳴くも春片設かたまけて大隈おほすみのさくわん榎氏かじの鉢麻呂はちまろ

現代語訳 梅の花の散り乱れる岡には鶯が鳴いている。春を待ちうけて楽しそうに。(榎氏鉢麿)

839春の野に霧立ち渡り降る雪と人の見るまで梅の花散る筑前つくしのみちのくちのさくわん田氏でんじの真神まかみ

現代語訳 春の野に霞が立り渡って、雪が降るのかと人が思うほどに梅の花が散っている。(田氏真神)

840春柳かづらに折りし梅の花れか浮べし酒杯さかづき壱岐いきのさくわん村氏そんじの彼方をちかた

現代語訳 蘰にするために折った梅の花を酒盃の中に誰が浮かべたのだろうか。(村氏彼方)

841鶯のおと聞くなへに梅の花吾家わぎへの園に咲きて散る見ゆ対馬つしまのさくわん高氏老かうじのおゆ

現代語訳 鶯の鳴く声を聞くのにつれて、梅の花が我が家の庭に咲いては散るさまが見える。(高向村主老)

842わが宿の梅の下枝しづえに遊びつつ鶯鳴くも散らまく惜しみ薩摩さつまのさくわん高氏かうじの海人あま

現代語訳 わが家の美しく咲いた梅の下枝で遊びながら鶯が鳴いている。梅の散るのを惜しんで。(高氏海人)

843梅の花折りかざしつつ諸人もろびとの遊ぶを見れば都しぞ土師氏はにしうじの御道みみち

現代語訳 梅の花を折りかざして人々が遊ぶのを見ていると、大宮人の行楽の様子に似ていて、都のことが思い出される。(土師氏御道)

844いもに雪かも降ると見るまでにここだもまがふ梅の花かも小野氏をのうじの国堅くにかた

現代語訳 恋しい人の家に雪が降るのではないかと思うほどに散り乱れる梅の花だ。(小野国堅)

845鶯の待ちかてにせし梅が花散らずありこそ思ふ子がため筑前つくしのみちのくちの掾門氏じようもんじの石足いそたり

現代語訳 鶯が開花を待ちわびていた梅の花は散らずにあってほしいものだ。わが愛する女のために。(門部石足)

846霞立つ長き春日をかざせれどいや懐しき梅の花かも小野氏をのうじの淡理たもり

現代語訳 霞の立つ長い春の日に一日かざしつづけてもなお恋しい梅の花だ。(小野田守)

「梅花の歌」ゆかりの地「太宰府」

梅花の宴は大伴旅人が太宰府長官をしていた頃、彼の邸宅で開かれました。

その邸宅があった場所は、現在の太宰府市にある「坂本八幡宮」という神社です。

坂本八幡宮出典:4travel.jp

また、大伴旅人が長官を務めた「大宰府政庁跡」や、梅花の宴を再現したジオラマのある「大宰府展示館」などがあります。

このほかにも太宰府市には、大伴旅人や万葉集にまつわるものがたくさんあります。

太宰府市は新元号「令和」ゆかりの地として今大注目の観光地です。

万葉集の文庫を片手に、太宰府天満宮を中心にぎゅっと見どころが凝縮している太宰府市に出かけてはみてはいかがでしょう?